新ビジネスの種

  • HOME > 
  • 新ビジネスの種 > 
  • シニア向け商品開発を「音」を切り口に考える~大きく、低く、明瞭な音、さらに光、振動も~

2015年12月15日

シニア向け商品開発を「音」を切り口に考える~大きく、低く、明瞭な音、さらに光、振動も~

高齢者は若年層に比べると音が聞こえ難い。加齢に伴って耳の機能が低下するためである。そして、特に高い音から聞こえ難くなる。しかし、目覚まし時計や電話、家電をはじめとする商品では、高い音域が採用されているものもまだまだ多く、ニュース番組等の女性アナウンサーの声も諸外国に比べると高いといわれる。

消費市場における高齢者の存在感は一層増しているにもかかわらず、“音”に関しては、高齢者の機能に配慮された商品は意外に少ない。では、高齢者に伝えるにはどのような点に気をつけるべきなのか。

今月は、高齢者向けの商品開発や接客における”音”について検討する。

※記事をご覧いただく場合は「詳しく見る▼」ボタンをクリックしてください。

1.30代を境に進む、高い音が聞き取り難くなる「老人性難聴」
~難聴者は80歳以上では80%~

加齢に伴って耳の機能が低下すると、次第に、特に高音域(4000~8000Hz)での聴力低下が進む。このような現象を「老人性難聴」と言う。ただし、これはシニア層だけの問題ではなく、なんと30代あたりを境に、若い時には聞こえていた10000Hz以上の音が聞こえなくなってくる。

そして、70代以降になると、人との会話時における平均的周波数といわれる500~3000Hz程度においても、やや大きめの音(70dB以上など)でないと聞こえ難い人が増えてくる。また、最初は高い音だけであったものが、徐々に低い音も聞こえ難くなる。

音の種類で言うと、カ行・サ行・タ行・ハ行等の子音は、高音域に属するため、K・S・T・Hの音が落ちて、聞き間違いが増える傾向があるという(例:「七時(しちじ)」が「一時(いちじ)」に聞こえる)。

さらには、言語を認識する部分の脳の機能も加齢に伴って低下するため、音が聞こえたとしても、意味が分からない、といった現象も起こってくる。

図表1 年齢ごとの平均聴力

年齢ごとの平均聴力

図表2 年代別の難聴者の割合

年代別の難聴者の割合

図表3 難聴の程度分類

難聴の程度分類

出所)上記3点とも、公益財団法人テクノエイド協会「聞こえの基礎知識と補聴器装用」

さて、日常的に使用する家電等のチャイム、報知音について考えると、例えば、電話の呼出音の周波数は400Hzであり、データ上では、80代でも新聞をめくる程度の音量(音圧)でも聞こえることになっているが、それは耳元での話である。音は距離に比例して減衰する(小さくなる)ので、すぐ隣なら聞こえるのに、遠くの部屋にいたのでは聞こえ難い、という現象が現れる。

他の機器についても、シニアはどの程度聞こえているのであろうか。まとまった規模の統計が見当たらなかったため、事例で恐縮だが、ある高齢者施設の入居者(いずれも要介護者)に環境音の聞こえ方について尋ねたところ、一様に、インターホン、電子体温計、ガスレンジ等の報知音、会話型ロボットの音声等に至っては、日常的な環境下での使用状況では、「ほぼ聞こえない」ということであった。一方、電話の呼出音はまだ聞こえやすい方であるという。

ところで、高音域が聞こえ難いなら、その部分を重点的に増幅する設計がなされている補聴器を使えばよいと思われるかもしれないが、難聴者のうち補聴器を使用している人の割合は、「数%」や「2割未満」にとどまるという見方がある。

これは、補聴器のつけ心地や雑音に満足していなかったり、高価な補聴器を落とさないように身につけないで保管するといった要因による。現時点では、音が聞こえ難い場合でも、補聴器をつけているシニアばかりではない、むしろ、聞こえ難いのにそのまま生活している人が多い、という認識の方が現実に近いと考えられる。

そうでなくても、シニア層に商品情報を伝える機会やチャネルは限られている。その中で、音を含めた表現によほど気をつけない限り、思ったよりもシニアに“伝えたいこと”が伝わっていない可能性が高い。

2.シニアに伝えたければ、やはり「大きく」「ゆっくり」「明瞭に」、と一緒に、光や振動でも知らせる
~音域と音圧、早さ、視覚のバランス、組合せが肝心~

それでは、シニアに情報を伝えるにはどうすればいいのか。

まずは、1.をふまえると、「なるべく低く大きい音で伝える」ということになる。

家電等の商品の報知音であれば、音と同時に、ライト等の光や、体に密着させた機器からの振動で伝える方法もある。既に、商品化されているものもある。ただし、これも、家の中の1か所に置くタイプでは、他の部屋にいる時に分からなかったりする。何種類かの機器の報知音を点灯リズムや表示し分ける、ペンダント型等の機器があってもよいのかもしれない。

また、そこまで大がかりでなくても、人は馴染んだ音にはより反応し易い傾向がある。電子レンジの報知音など現在のシニアが若いころには存在しなかった物の音よりも、黒電話の呼出音のように昔から使い慣れたものの音に近いと、シニアがより感知し易い可能性が高い。

店頭での接客やTV・ラジオ等による広告においては、単に音に気付かせるだけではなく、必要な情報を理解してもらう必要があり、さらに気をつけるべき点が増える。TVの音量をあげて音声が分かったとしても意味が理解できない、アナウンサーの声は比較的よく聞きとれる一方、ドラマやバラエティーでは何を言ってるのか分からない、といった声がある。

耳の聞こえ難いシニア向けのコミュニケーションとしては、一般に以下の様な点が指摘されている。

<シニア層に情報を伝えるためのコツ>

◇環境

  • 雑音や反響の少ない、静かな場所で
    (他の音-掃除機、テレビ、水回り、BGM等の音があると、それらの音と話し声を聞き分ける脳の働きが低下するため、聞きとり難い)
  • 自分(話者)の表情や口の動きが見える位置関係で、自分(話者)の顔が逆光にならないよう
  • 複数が同時に話さず、一人ずつ

◇話し方

  • 話を始める時には注意を促してから
  • 少し大きな声で、ゆっくり、自然な抑揚をつけて
  • 語尾を曖昧にせず、はっきりと
  • 意味のまとまりとなるよう、一語一語を細かく区切りすぎず、句読点などを目安に間をおく
    (1音節ずつ区切って発音すると、機械音声のような平坦な声になり、かえって伝わり難い)

“聞こえ”に対する不満が大きいということは、それだけニーズが高いということである。身近な家電の中でも、高齢者の視聴時間が長い、TV等には“聞こえ”をよくする機能が特に望まれていると考えられる。最近、一部のTVには、“聞き取り易い”、“ゆっくり”といった音声切り替えモードがついているが、これらがより進化し、普及していくことが考えられる。将来的には、ユーザーの視聴機能に応じて、①ひとつの機器(TV等)で複数のモード切り替えができる(できれば自動で感知する、リモコンの操作性も変わる)、②機器(TV等)自体がシニア仕様となる、といったことが出てくるかもしれない。

なお、シニア世代だけではなく、他世代等と同居や空間を共有している場合、若い世代のストレスにならないような音量等への配慮が必要となる。その場合は、全体の空間ではなくパーソナルな空間に限定して作用するような機器が適している。例えば、TVの音声を手元で聞けるスピーカーや、ハンディな集音器・拡聴機能のある機器、イヤホン型の集音器、人の声の速度をゆっくりに変換する機器等である。

また、一部の介護職員の間では、意外とタブレット端末に対する期待が高い。PCやスマホは使いこなせるシニアはまだまだ多くないが、タブレットであれば、感覚的な操作が比較的容易であり、体調や生活の状況をモニタリング、記録できるだけでなく、TV電話のように使えて、顔が見えないと話がし難いシニアとのコミュニケーションにも役立つのでは、と考えられている。

シニアに見やすい表示や分かりやすい表記については、徐々に浸透しているものの、聞こえやすさについての対策は比較的遅れている。逆に、現時点なら、その点にいち早く対応することで、商品・サービスの差異化につながると考えられる。

編集人:井村 編集責任者:武坂
編集協力:三菱UFJリサーチ&コンサルティング株式会社