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2021年01月19日

第5回  なぜ歴史ある大企業は破壊的イノベーションに自ら道を譲ってしまうのか? (その2)

しゅんぺいた博士の破壊的イノベーター育成講座

前回の連載で私達は、歴史ある大企業がイノベーターのジレンマに陥ってしまう原因として、
①企業は市場の上(利益率が高い方向)には上がれるが、市場の下(利益率が低い方向)には降りられない「非対称的モチベーション」を持つこと、
②顧客が利用可能な性能(技術的ニーズ)には、生理的・物理的・制度的などさまざまな理由から上限があり、その上限は時間が経っても変化しないか、上昇するとしてもゆっくりとしか上昇しないため、提供されている製品の性能が「顧客が利用可能な性能」を上回った場合、顧客はもうそれ以上の性能向上に価値の向上を感じなくなること、
を学びました。

③企業はなかなか自社の「持続的イノベーション」が「顧客の需要を行き過ぎてしまっている」ことに気づけない

クリステンセン先生の授業で、次に先生が引くのは、(実際には目に見えない)赤い点線(技術の需要曲線)を、下から上へと追い抜く青い線です。これは、既存製品の顧客が重要視する性能を、今の製品よりも向上させる「持続的イノベーション」による性能変化を示しています。

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既存大企業は、今抱えている顧客をより満足させるように組織が最適化されているため、こうした既存顧客向け性能向上型イノベーションを起こすのは非常に得意です。こと既存顧客を満足させることに関しては、企業は強力な動機と経営資源があるため、たとえそれが困難なイノベーションであっても、経営資源を動員し、場合によっては外部から技術を導入してでもなんとか実現してしまいます。

例えば住友電工は、もともとは江戸時代(一八九七年)に銅板や銅線を製造する「住友伸銅場」が開設されたことに起源を持ち、NTT向けに電話線などの導線を作っていた会社です。しかし、NTTが電話やデータ通信の伝送速度の向上を求めたため、それを満足させるべく、畑違いの光ファイバー事業に進出し、これを成し遂げました。画期的な「持続的イノベーション」です。

そして、既存企業の技術者は真面目なので、放っておくと「今日よりは明日、明日よりは明後日」と性能の向上にひた走ってしまい、ある時を過ぎると、製品の性能が、顧客が「これ以上は要らない」と思っている「技術の需要曲線」を知らず知らずのうちに越えてしまうことがあります。

デジカメやスマホ、パソコンの記憶装置として全世界で膨大な数が使われ、人類の歴史を変えたと言っても過言ではない大発明「フラッシュメモリ」を東芝で生み出した舛岡富士雄氏は、顧客からこのことを学びました。
「舛岡は、自分たちが開発したDRAMの性能に自信を持っていた。当然、売り上げも伸びるはずだと思っていたのに、全く売れない。売り方が悪いんじゃないか? 舛岡はそう思った。そして、『じゃあ、自分で売ってこよう』と思い、半導体事業部へ転籍を願い出た。

1977年、希望通り半導体事業部に異動になった。営業現場では、DRAMの性能よりも、製品全体としてのコストパフォーマンスが常に求められていた。東芝のDRAMの性能をアピールしても、顧客からは『そんなに性能が高くなくてもいい。私たちが最低限要求する性能を、もっと安く実現してほしい』と言われた。『技術の価値を見る目がないのではないか?』舛岡は歯がみして悔しがった。そうした現場は一つや二つではなかった。そのような経験を繰り返すうちに、舛岡は提供者の立場で技術を見ている自分の姿に気づくようになった。『技術はサービスを受ける人のためにある。提供者のためにあるのではない。』この営業現場での経験は、研究所で一心不乱に性能向上に邁進していた自分の姿を、すこし冷めた目で見直す機会となった。」
(出典:(財)武田計測先端知財団「舛岡富士雄(東北大学電気通信研究所教授) 独自技術へのこだわりとユーザー指向が生み出したフラッシュメモリ」7頁
http://www.takeda-foundation.jp/reports/pdf/ant0104.pdf)(太字は筆者)

顧客が製品やサービスにどこまでの性能を求めているかは、なかなかはっきりとは見えません。しかし、この見えない赤い点線(技術の需要曲線)を、心の目で見通し、ともすればひたすら一方向の性能向上に邁進しがちな技術者の手綱を握って、「もう充分」な性能から「顧客がまだ満足していない性能」へと目を向けさせるのは、経営者の重要な仕事だと思います。

これができないと、ノキアのスマートフォンのように、誰も求めない30,000,000画素を超えるカメラをスマホに搭載し、企業の経営を傾かせてしまうことになりかねません。

④破壊的イノベーションの性能が主要顧客の求める性能に達したとき、持続的イノベーションの顧客は雪崩を打って採用し、既存企業は「破壊」されてしまう

このように顧客が既存製品に「過剰に満足させられている」時に、はじめは別の市場で使われていた製品や、新しい技術などによって低コストを達成した製品が現れることがあります。これらの「破壊的イノベーション」製品の性能は、当初、既存企業の主要顧客が求める性能のよりもはるかに低いことが多く、こうした製品を既存優良企業の顧客に見せても「オモチャだ」と言って見向きもされません。ミニコンピュータのユーザーがマイクロプロセッサを用いたパソコンに全く興味を示さなかったり、電信で一大帝国を築いていたウェスタン・ユニオンがベルの電話の特許を買わなかったりしたのがいい例です。

破壊的イノベーションの製品やサービスは、最初こそ性能が低く、既存製品の優良顧客は興味を示しませんが、時間とともに徐々に性能が向上してくる場合が多いです。

破壊的イノベーションも、それが一度起きた後は、持続的イノベーションの波に乗ってその性能を徐々に向上させていきます。そして、ついに「破壊的イノベーションの(緑色の)線」が、既存大企業の顧客が求める性能の「技術の需要曲線(赤い点線)」と交差した時(破壊の瞬間T)、既存大企業の顧客にとって、これまでの持続的イノベーションの性能Aと、新しく目の前に現れた破壊的イノベーションの性能Bは、いずれも自分が利用可能な性能を上回っているため、ベネフィットは同じで「どちらを採用しても良い」状態となります。

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ある尺度で測った性能が、持続的イノベーションと破壊的イノベーションのいずれにおいても「顧客が利用可能な性能」を超えている場合、顧客は他の指標で製品を選ぶようになります。先の自動車の例であれば、最高時速200キロの自動車Aと、最高時速400キロの自動車Bはいずれも顧客が利用可能な性能を超えているため、顧客は別の評価軸、例えば燃費、乗れる人数、色や形のカスタム可能度合い、価格などの指標でどちらを購入するか決定します。

そして、破壊的イノベーションは多くの場合コストが低く、簡便で、持ち運びが可能であり、コストが低いなど、他の評価軸で持続的イノベーションを上回っている場合が多いため、スイッチングコストが低い場合には顧客は雪崩を打って一気に破壊的イノベーションへと移ってしまい、既存企業は「破壊」されてしまうことになるのです。

玉田 俊平太 氏

<プロフィール>
玉田 俊平太 氏

関西学院大学 経営戦略研究科 研究科長・教授  博士(学術)(東京大学)

東京大学卒業後、通商産業省(現:経済産業省)入省、ハーバード大学大学院修士課程にてマイケル・ポーター教授のゼミに所属、競争力と戦略との関係について研究するとともに、クレイトン・クリステンセン教授から破壊的イノベーションのマネジメントについて指導を受ける。

筑波大学専任講師、経済産業研究所フェローを経て現職。その間、東京大学先端科学技術研究センター客員研究員、東京大学先端経済工学研究センター客員研究員、文部科学省科学技術政策研究所客員研究官を兼ねる。平成23年度TEPIA知的財産学術奨励賞「TEPIA会長大賞」受賞。

著書に『日本のイノベーションのジレンマ 破壊的イノベーターになるための7つのステップ』(翔泳社、2015年)、監修書に『破壊的イノベーション』(中央経済社、2013年)、監訳に『イノベーションのジレンマ』(翔泳社、2000年)等がある。