2013年8月20日
拡大が予想される“腰痛対策機器”市場
~厚労省『職場における腰痛予防対策指針』改訂~
介護の現場では、要介護者をベッドから車いすに移乗したりオムツ交換などの際、前かがみや中腰姿勢で持ち上げたり支えたりすることが多く、介護職員の間で腰痛が多発し、さらにはそれが原因で休職・離職につながることも少なくない。
こうした背景の下、厚生労働省労働基準局は、本年6月18日に「職場における腰痛予防対策指針」を19年ぶりに改訂した。その中で、従来、「重症心身障害児施設等における介護作業」に限定されていた適用範囲を、社会福祉施設や医療機関、訪問介護・看護などまで拡大し、人力による患者の抱き上げを原則禁止している。
今後、介護の中でも重労働で労働集約的な部分については、ますます機械化が進むと考えられる。今月は腰痛を予防する機器等のビジネスチャンスについて検討する。
<参考とした調査資料の概要>- 調査名:「職場における腰痛予防対策指針の改訂及びその普及に関する検討会報告書(平成25年6月)」
- 調査主体:厚生労働省労働基準局安全衛生部労働衛生課
- 調査時期・対象:2004年に発生した休業4日以上の腰痛 4008件(全産業)のうち、社会福祉施設で発生した407件についてさらに分析を行った結果。(平成20年2月6日付け基安労発第 0206001 号から)
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1.介護施設での腰痛発生NO.1シーンは「単独でのベッドから車いすへの移乗」
2004年に発生した休業4日以上の腰痛4008件(全産業)のうち、社会福祉施設で発生した407件についての分析結果をみると、単独作業か共同作業で発生するかについては、「単独作業」が8割強を占めている。また、介要介護者がベッドから車いす、車いすからいす、いすから床などへ移る動作を介助する「移乗作業」が7割を占めている。
図表:単独作業・共同作業別
図表:・移乗作業・移乗作業以外別
出所)「職場における腰痛予防対策指針の改訂及びその普及に関する検討会報告書(平成25年6月)」
より三菱UFJリサーチ&コンサルティング作成
移乗作業による腰痛発生224件について、具体的にどのような場所・介護シーンでの発生が多いか見ると、事業場内における単独作業で、入浴介護時の移乗中が最も多い。
図表:移乗作業における、被災場所別、単独・共同作業別、
介護の種類別腰痛発生状況(n=224)
出所)「職場における腰痛予防対策指針の改訂及びその普及に関する検討会報告書(平成25年6月)」
より三菱UFJリサーチ&コンサルティング作成
さらに移乗作業について、移乗元・移乗先の作業シーン、単独・共同作業別に見ると、一番多いのは、ベッドから車いすへの移乗での単独作業(46件)、次いで、車いすからベッドへの移乗での単独作業(31件)であった。
図表:移乗作業における、移乗元・移乗先作業シーン別、
単独・共同作業別腰痛発生状況(n=224)
出所)「職場における腰痛予防対策指針の改訂及びその普及に関する検討会報告書(平成25年6月)」
より三菱UFJリサーチ&コンサルティング作成
出所)「職場における腰痛予防対策指針の改訂及びその普及に関する検討会報告書(平成25年6月)」
より三菱UFJリサーチ&コンサルティング作成
上記のうち、腰痛発生件数が10件を超えるものについて、要介護者との位置関係や支持部位別にみたところ、最も腰痛発生率の高かったベッドから車いすへの移乗の単独作業では、「正面-背/背」又は「正面-腰/腰」(介助者が要介護者の正面に立って、要介護者の腋下から腕を差し込んで、要介護者の背中又は腰に手を回す方法)が多かった。
図表:腰痛発生時の被災労働者の立ち位置、要介護者の支持部位別腰痛発生状況
(上記で発生件数が10件を超えるもの)
注)正面、側面、背面は、腰痛発生時の、要介護者から見た被災労働者の立ち位置。
「正面」被災労働者が座位又は立位の要介護者と向かい合う位置。 「側面」被災労働者が座位、立位又は臥位の要介護者の側面。 「背面」被災労働者が座位又は立位の要介護者の背後に位置。
出所)「職場における腰痛予防対策指針の改訂及びその普及に関する検討会報告書(平成25年6月)」
より三菱UFJリサーチ&コンサルティング作成
2.介護・看護作業における腰痛予防対策指針は「抱き上げ禁止、機器利用推奨」
上記の状況を受けて、厚生労働省では、「職場における腰痛予防対策指針及び解説(平成25年6月18日)」の中で、「福祉・医療等における介護・看護作業」全般において、介護・看護の対象者をベッドから車いすに移すなどの「移乗介助」の際には、人力での抱き上げを原則として禁止し、リフトやスライディングボード、スタンディングマシンなどを活用するように促す他、腰痛の予防策にも、リスクアセスメントや労働安全衛生マネジメントシステムの手法を採り入れることを薦めている。
【「職場における腰痛予防対策指針」より「Ⅳ 福祉・医療分野等における介護・看護作業」抜粋】
高齢者介護施設・障害児者施設・保育所等の社会福祉施設、医療機関、訪問介護・看護、特別支援学校での教育等で介護・看護作業等を行う場合には、重量の負荷、姿勢の固定、前屈等の不自然な姿勢で行う作業等の繰り返しにより、労働者の腰部に過重な負担が持続的に、又は反復して加わることがあり、これが腰痛の大きな要因となっている。このため、事業者は、次の対策を講じること。
1 腰痛の発生に関与する要因の把握
介護・看護作業等に従事する労働者の腰痛の発生には、「介護・看護等の対象となる人(以下「対象者」という。)の要因」「労働者の要因」「福祉用具(機器や道具)の状況」「作業姿勢・動作の要因」「作業環境の要因」「組織体制」「心理・社会的要因」等の様々な要因が関与していることから、これらを的確に把握する。
2 リスクの評価(見積り)
具体的な介護・看護等の作業を想定して、労働者の腰痛の発生に関与する要因のリスクを見積もる。リスクの見積りに関しては、個々の要因ごとに「高い」「中程度」「低い」などと評価を行い、当該介護・看護等の作業のリスクを評価する。
3 リスクの回避・低減措置の検討及び実施
2で評価したリスクの大きさや緊急性などを考慮して、リスク回避・低減措置の優先度等を判断しつつ、次に掲げるような、腰痛の発生要因に的確に対処できる対策の内容を決定する。
- (1)対象者の残存機能等の活用
- 対象者が自立歩行、立位保持、座位保持が可能かによって介護・看護の程度が異なることから、対象者の残存機能と介助への協力度等を踏まえた介護・看護方法を選択すること。
- (2)福祉用具の利用
- 福祉用具(機器・道具)を積極的に使用すること。
- (3)作業姿勢・動作の見直し
- イ 抱上げ
- 移乗介助、入浴介助及び排泄介助における対象者の抱上げは、労働者の腰部に著しく負担がかかることから、全介助の必要な対象者には、リフト等を積極的に使用することとし、原則として人力による人の抱上げは行わせないこと。また、対象者が座位保持できる場合にはスライディングボード等の使用、立位保持できる場合にはスタンディングマシーン等の使用を含めて検討し、対象者に適した方法で移乗介助を行わせること。人力による荷物の取扱い作業の要領については、「I重量物取扱い作業」によること。
- ロ 不自然な姿勢
- ベッドの高さ調節、位置や向きの変更、作業空間の確保、スライディングシート等の活用により、前屈やひねり等の姿勢を取らせないようにすること。特に、ベッドサイドの介護・看護作業では、労働者が立位で前屈にならない高さまで電動で上がるベッドを使用し、各自で作業高を調整させること。
不自然な姿勢を取らざるを得ない場合は、前屈やひねりの程度を小さくし、壁に手をつく、床やベッドの上に膝を着く等により身体を支えることで腰部にかかる負担を分散させ、また不自然な姿勢をとる頻度及び時間も減らすこと。
- (4)作業の実施体制
(2)の福祉用具の使用が困難で、対象者を人力で抱え上げざるを得ない場合は、対象者の状態及び体重等を考慮し、できるだけ適切な姿勢にて身長差の少ない2名以上で作業すること。労働者の数は、施設の構造、勤務体制、作業内容及び対象者の心身の状況に応じ必要数を確保するとともに、適正に配置し、負担の大きい業務が特定の労働者に集中しないよう十分配慮すること。
- (5) 作業標準の策定
腰痛の発生要因を排除又は低減できるよう、作業標準を策定すること。作業標準は、対象者の状態、職場で活用できる福祉用具(機器や道具)の状況、作業人数、作業時間、作業環境等を考慮して、対象者ごとに、かつ、移乗、入浴、排泄、おむつ交換、食事、移動等の介助の種類ごとに策定すること。作業標準は、定期的及び対象者の状態が変わるたびに見直すこと。
- (6)休憩、作業の組合せ
- イ 適宜、休憩時間を設け、その時間にはストレッチングや安楽な姿勢が取れるようにすること。
また、作業時間中にも、小休止・休息が取れるようにすること。 - ロ 通路及び各部屋には車いすやストレッチャー等の移動の障害となるような段差等を設けないこと。また、それらの移動を妨げないように、機器や設備の配置を考えること。機器等にはキャスター等を取り付けて、適宜、移動できるようにすること。
- (7)作業環境の整備
- イ 温湿度、照明等の作業環境を整えること。
- ロ 通路及び各部屋には車いすやストレッチャー等の移動の障害となるような段差等を設けないこと。また、それらの移動を妨げないように、機器や設備の配置を考えること。機器等にはキャスター等を取り付けて、適宜、移動できるようにすること。
- ハ 部屋や通路は、動作に支障がないように十分な広さを確保すること。また、介助に必要な福祉用具(機器や道具)は、出し入れしやすく使用しやすい場所に収納すること。
- ニ 休憩室は、空調を完備し、適切な温度に保ち、労働者がくつろげるように配慮するとともに、交替勤務のある施設では仮眠が取れる場所と寝具を整備すること。
- ホ 対象者の家庭が職場となる訪問介護・看護では、腰痛予防の観点から作業環境の整備が十分なされていないことが懸念される。このことから、事業者は各家庭に説明し、腰痛予防の対応策への理解を得るよう努めること。
- (8)健康管理
長時間労働や夜勤に従事し、腰部に著しく負担を感じている者は、勤務形態の見直しなど、就労上の措置を検討すること。その他、指針本文4により、適切に健康管理を行うこと。
- (9)労働衛生教育等
- イ 教育・訓練
- 労働者には、腰痛の発生に関与する要因とその回避・低減措置について適切な情報を与え、十分な教育・訓練ができる体制を確立すること。
- ロ 協力体制
- 腰痛を有する労働者及び腰痛による休業から職場復帰する労働者に対して、組織的に 支援できる協力体制を整えること。
- ハ 指針・マニュアル等
- 職場ごとに課題や現状を考慮した腰痛予防のための指針やマニュアル等を作成すること。
特に次のイ~ハに留意しつつ、指針本文5により適切に労働衛生教育等を行うこと。
4 リスクの再評価、対策の見直し及び実施継続
事業者は、定期的な職場巡視、聞き取り調査、健診、衛生委員会等を通じて、職場に新たな負担や腰痛が発生していないかを確認する体制を整備すること。問題がある場合には、速やかにリスクを再評価し、リスク要因の回避・低減措置を図るため、作業方法の再検討、作業標準の見直しを行い、新たな対策の実施又は検討を担当部署や衛生委員会に指示すること。特に問題がなければ、現行の対策を継続して実施すること。また、腰痛等の発生報告も欠かすことなく行うこと。
注)下線:三菱UFJリサーチ&コンサルティング
出所)厚生労働省労働基準局安全衛生部労働衛生課「職場における腰痛予防対策指針及び解説」平成25年6月18日
まとめ
- 介護を中心とする社会福祉施設での腰痛は、確認されたものだけでこの10年間で3倍近くも増えているという。介護職の腰痛は労災に認定されることもあることから、企業にとっては、生産性の低下や休職者や離職者が出た場合のリクルート・コストだけでなく、企業イメージの低下にも繋がりかねない。一方、リフト等機器を導入している施設では、離職率が低下するだけでなく、高齢になっても働き続けられるようになったという声もある。
- また、介護を受ける側が、機械を嫌がるのかと思いきや、機器やロボットであれば気を遣わないで済む、人だと力が入りがちだがロボットだとリラックスできる、といった肯定的な意見も多いようである。むしろ今後は、機器・ロボットの利用によるサービスの質の向上、安定化が伝われば、セールスポイントとなる可能性さえある。
- 介護リフトは30万円以上するものも多く、各施設で複数台数の導入が必要なことから、ある程度のコストが必要となるものの、これらの点を加味すると、採算があうのかもしれない。
- 高齢化の進展に伴って、要介護者数も増加する一方、現時点でも、要介護度4や5など重度の入所者が多く、今後も、軽度化する見通しは低い。よって、介護職は一層多くが必要とされ、それに伴って、腰痛を予防する機器等の市場は拡大するものと考えられる。
- ただし、リフト等を用いると、その作動するスピードが人手よりゆっくりであるため、効率が上がるとは限らない。今後は、安全性とともに効率性を兼ね備えた機器の登場が望まれる。
- リフトを導入したところ、腰痛が激減したという報告もあることから、リフト導入が腰痛対策の切り札になることは間違いない。ただし、一般に、腰痛の要因には精神的ストレスや介護者の筋力・姿勢等も挙げられることから、機器導入だけで100%の解決には繋がらない場合もありえる。施策では機器使用を推奨しているが、筋力を高め血行を促進する運動や腰痛にならない体の使い方、腰痛ベルトの使用、ストレスマネジメントなど多角的な“腰痛対策需要”も喚起されるかもしれない。
編集人:井村 編集責任者:前場
編集協力:三菱UFJリサーチ&コンサルティング株式会社
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