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2014年08月19日

実は介護現場にもある健康ビジネス需要
~介護者の疲労・ストレス対策、被介護者のQOL向上で変わる介護現場~

健康ビジネスには、ターゲット、あるいは、利用シーンとして想定されていない巨大市場がまだ存在する。そのひとつは、介護者・被介護者(介護される人、要介護者・要支援者)向け市場である。

介護に係る健康上の悩みには、介護の疲れ-『腰痛、肩こり』『全身の疲れ』『ストレス(常時目を離せない、いつまで続くか分からない)』『睡眠不足、不眠』等、被介護者(要支援・要介護)の体調・機能・QOLの底上げ等が挙げられる。もちろん、これらに対して既存商品を活用することは可能であるが、介護者・被介護者(要支援・要介護)というターゲットに応じたコンセプト、情報伝達の方法を検討しなければ、市場として顕在化することは難しい。また、市場としての存在感がなければ、介護にも健康ビジネスが役立つという認識が広がり難い。

今月は、介護における健康ビジネスの現状について紹介する。

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1.介護現場での健康ニーズ ~介護者の介護疲れ対策、被介護者のQOL向上~

冒頭でも述べた通り、介護者・被介護者ともに、健康ビジネスに対する大きな潜在需要が存在する。そして、その健康ビジネスへのニーズは、被介護者の要介護度や居住場所によって変わってくる。下記図表1の様に整理した。

図表1 介護現場における健康ビジネスのターゲットとニーズ
被介護者の居住場所 ターゲット 目的・健康ニーズ 主な支払者
施設   従業員 ○介護負担の軽減(離職率低下)
→疲労や腰痛等の予防・改善
ストレス解消 /等
什器等は施設
食品等は従業員本人
特別養護
老人ホーム等
入所者 ○本人のQOL向上、介護者の負担軽減
→食欲不振者の栄養補給
床ずれの予防・改善
認知機能の向上、起床リズム整え
気分の安定、リラックス、意欲向上/等
本人、家族
施設
有料老人ホーム(介護型以外)等 入所者 ○本人のQOL向上、介護者の負担軽減
→食欲不振者の栄養補給
認知機能の向上、不眠対策
膝痛・腰痛、目のかすみ対策 /等
本人、家族
施設
在宅  介護している家族 ○介護負担の軽減(心身の疲労対策)
→疲労や腰痛等の予防・改善
ストレス解消 /等
介護している家族
被介護者 ○本人のQOL向上、介護者の負担軽減
→食欲不振者の栄養補給
認知機能の向上、起床リズム整え
気分の安定、リラックス、意欲向上/等
介護している家族、本人

出所)三菱UFJリサーチ&コンサルティング作成

「施設の従業員向け」

施設では、昨今の人手不足の傾向もあって、従業員の人材確保難や離職率の上昇に苦しむところが多い。その理由としては、賃金の安さやキャリア形成がし難い等の待遇の点とともに、介護の動作に伴う腰痛や夜間勤務による体調不良、ストレスの増大など健康上の要因も挙げられている(参考:本稿2013年8月20日付 拡大が予想される“腰痛対策機器”市場~厚労省『職場における腰痛予防対策指針』改訂~)。

腰痛等に対しては、リフト等の機器や用具を導入する方法の他、筋トレや体の効率的な使い方を学ぶことなどが役立つ場合も多い。また、ストレス解消にはリラクゼーションのためのあらゆるグッズやサービスが、夜勤時の不眠対策には、睡眠リズムを整えるための栄養素や快眠グッズ等が助けになる場合があるかもしれない。

問題は誰が費用を負担するのかという点である。食品等、個人で消費するものは、従業員本人が購入することになろうが、共有の什器等は、施設が負担するべきものである。この点は後述するが、現状では、よほど費用対効果の点で優れていなければ、施設が負担することは難しい。しかし、人材確保や離職に伴う労力やリクルート費用の低下につながれば、施設にとっても、それほど高い買い物ではないはずである。

「施設入所者向け」

入所者は、食欲が無かったり、嚥下が困難であったり、自身では寝返りが打てなかったりすることがある。認知症の場合は、気分が不安定になって暴れたり、睡眠リズムが崩れて夜間に徘徊したりといった症状も出てくる。それに対して、最近では、嚥下が困難な人向けのゼリータイプの栄養補助食品や、認知機能の向上やストレスの低下に役立つコミュニケーション方法やコミュニケーションロボット、睡眠リズムを整える高照度の照明等も販売されている。それらによって、アミノ酸が容易に摂取できるようになって床ずれしなくなったとか、寝たきりだったのが歩行・会話までできるようになった、夜間の徘徊が減ったといった事例が紹介されている。必ずしも入所者全員に当てはまるわけではないかもしれないが、何割かはそれらが役立つ人もいると考えられる。なお、これらは入所者本人のQOLが向上するだけではなく、それによって、介護に伴う作業量が減ったり、コミュニケーションが向上したりと、介護者(従業員)の負担軽減につながる点が重要である。それらの費用対効果が明らかであれば、施設がそれらの費用を負担することは十分に考えられる。

なお、入所あるいは入居といっても、有料老人ホームやサービス付高齢者向け住宅など「自宅以外の在宅」に居住する場合、心身が元気なので、その健康ニーズは一般の高齢者により近いものとなる。眼のかすみ、膝痛予防、不眠対策など幅広いアンチエイジングや心の癒し等も含まれる。特に、有料老人ホームの入居者は比較的裕福であり、健康ビジネスの有望なターゲットと考えられる。

「在宅で介護をしている介護者(家族等)向け」

介護されているのは施設より要介護度の低い人であり、介護保険等のサービスを利用できる。とは言うものの、実際には、不定期に発生する手助けや世話、見守りの必要性があるため、ほぼ終日、同じ部屋、または、様子がわかる近くの部屋で付き添っていなければならない。また、子供の世話等とは違って、いつまで介護が続くのか先が見通せないという点もある。要介護度にもよるが、家族の負担は大きく、疲労や睡眠不足・不眠、肩こり、イライラ・ストレスなどの症状や悩みを持つ人が多い(「在宅介護に関する意識と実態調査(老年看護学会2002 年11 月)」によると、全体の58%が「体の健康の悪化」を感じており、その内容としては、「体が疲れやすい(50%)」、「睡眠不足、眠れない(36%)」、「肩や首がこる(36%)」が挙げられている)。これらの症状や悩みは、多くの既存の健康ビジネスで対応することができる領域である。

一方、介護者に情報を届けることは、そう簡単ではない。介護者にとっての介護情報の中心は在宅介護支援センター、または、ケアマネージャーであるが、そこから民間企業の商品情報を流してもらうことは難しい。また、在宅の介護者向け雑誌やTV番組等も多くは無い。そうはいっても、介護のプロではない在宅の介護者は、介護に関する情報が不足しており、介護情報をネット上から探す人も増えてきているため、介護知識関連サイトや介護グッズ販売等のサイトに広告を出すこと等が考えられる。その際のメッセージは、介護の大変さに寄り添うものであったり、介護動作が楽になるものであったり、通常の健康ビジネスとは少し違う視点で、介護の大変さに寄り添うような内容の方が、心に響き易いと考えられる。

「在宅での被介護者向け」

被介護者の要介護度は施設よりも低いとはいっても、身の回りのことが全て自分でできるわけではなく、移動が困難であったり、認知機能が低下してコミュニケーションが困難であったり、ストレスを感じ易い場合も多い。これらに対応する健康ビジネスも多々存在する。ただ、それらの商品・サービスを実際に購入するのは本人ではなく介護者であるため、被介護者のQOL向上だけでなく、介護負担の軽減につながる点を強調する必要がある。

2.まずは「施設入所者向け」から徐々に顕在化、ネックは費用負担

現時点では、1.で述べた様な、介護をする人、される人を中心に訴求した健康関連の商材やサービスは極めて少ない。図表1で整理したビジネスの中では、施設の入所者、利用者を中心とした、介護をされる人向けのものが少しずつ顕在化しつつある状況である。介護職員、介護を担当する家族向けのもの、つまり、介護する人ならではの疲れやストレスの緩和につながるもの、は介護に直結するグッズにほぼ限られている。

この理由としては、介護現場においては、介護の質の向上に健康ビジネスが役立つと認識されていないと同時に、健康ビジネス事業者においても介護現場に健康ニーズがあると認識していないことが考えられる。

以下、現在、一部顕在化している被介護者向け健康ビジネスの例を紹介する。

<コミュニケーション、癒し>

  • アニマルセラピー
    犬や猫等動物を見る、触る等のふれあいを通じてストレスの軽減や情緒の安定、QOLの向上等を図るもの。
  • ロボットセラピー
    ロボットとの会話・コミュニケーションを通じて、ストレスの軽減や意欲の向上等を図るもの。
    例)「メンタルコミットロボット パロ」((株)知能システム)
      「コミュニケーションロボット パルロ」(富士ソフト(株))
      「スマイルサプリメントロボット うなずきかぼちゃん」(ピップ(株))/等
  • アロママッサージ
    アロマオイルで高齢者の手足等をマッサージする。血流やリンパの流れをよくする他、言葉でのコミュニケーションが難しい人でもタッチすることで安心感を与える、といった目的にも使われる。主に施設に出張して提供される場合が多い。

<介護美容・福祉美容>

  • 化粧療法(メイク、身だしなみ)
    美容の向上によって、いきがい創出、心身の賦活等を目的にしたもの。主に施術者が施設に出張して提供される。
  • フットケア
    施設入所者には、足の爪が変形・肥厚していたり、また、爪切り自体を拒んだりする場合もある等、爪切りは高い技術が必要な作業である。そこで、角質のケアやリンパマッサージも含めたフットケアを専門にしている事業者が施設を訪問して提供するサービスが現れている。

<フィットネス>

  • 介護予防、シニア向けフィットネス
    高齢者の残存機能・体力等に合わせた負荷に設定されている他、楽しく続けられるようにゲーム感覚を取り入れたり、さらには、脳機能の向上などをメニューに組み入れたりするものなどがある。問診や健診結果などを参考に、無理をしすぎない様な配慮をしている場合も多い。

<栄養補給>

  • 栄養配合ゼリー、サプリメント(チュアブル、グミ等)
    シニアが不足しがちな、ビタミン、ミネラル、アミノ酸等が配合された食品。水なしでおやつ感覚で食べられるように、ゼリー、チュアブル、グミ等の錠剤以外の形状で食品となっていることが多い。特に、嚥下が苦手な高齢者が寝ながら食べられるように、パッケージ等が工夫されたものなどがある。

1.でもふれたが、介護施設向けのビジネスモデルが出来上がっていない点も、介護現場で健康ビジネスが普及しない要因となっている。

例えば、上記のうち、化粧療法やマッサージ、フットケア等は施設を訪問してサービスを提供するケースが多く、女性が社会貢献等を兼ねて起業する例が増えている。しかしながら、現状では、ボランティアのような位置づけ、料金水準で行うなど、持続的なビジネスには至っていない場合が多い。むしろ、施設でボランティアをしたい、家族にしてあげたい人向けの人材育成講座(数万円~数十万円)が主な収入源となっていることもある。ただし、それらの講座で、民間資格をとっても、それを活かす場が見つかり難かったり、専業で生活できるほどには収入が得られなかったりといった問題も残っている。

また、施設における健康ビジネス展開において早急に検討が必要なのが、誰が費用負担をするのか、という点である。介護報酬でカバーされることはなく、また、特別養護老人ホームなど入所待ちがある施設では集客策は不要であり、わざわざ費用をかけて健康ビジネスを導入する動機に欠ける。繰り返しになるが、介護効率が上がる、職員の負担が軽減して離職率が低下するといった施設にとってのメリットが必要となる。「パロ」の例のように42万円という価格にもかかわらず、導入する施設が出ていることから、エビデンスとなるデータがあって、費用対効果が明確であり、その水準が理にかなっていれば、施設で負担することも、全く無理な話ではないといえる。

一方、介護者向け健康ビジネスであるが、1.でふれたように、介護者の疲労やストレスを緩和するには、介護ならではの動作や見守り等による時間的拘束からの解放、被介護者とのコミュニケーション向上、家庭であれば孤独感の解消等につながるものが求められる。

これらを健康ビジネスの観点から、より具体的に検討すると、移乗・移載の際の抱きかかえや食事介助等の際の中腰に伴う腰痛対策としては、腰痛予防のためのストレッチや、体のゆがみや筋肉の緊張の解消、腹筋力の向上につながるエクササイズ、あるいは、アレクサンダーテクニークやフェルデンクライス等の体の効率的な使い方等に関する、施設や地域での出張講座等が考えられる。ストレス、不眠、疲労対策としては、シニアでもできる無理のない、また、複雑ではないヨガ・呼吸法、アロマテラピー等の出張講座・DVD、疲労予防や睡眠改善に効果的といわれるアミノ酸等のサプリメント、快眠グッズ等が挙げられる。講座に関しては、被介護者とともにできるようなものであれば一層望ましいと考えられる。

まとめ

  • この市場は、介護者・被介護者、施設・在宅ともまだまだ未開拓であり、今後の伸びが期待される。しかも、国では、社会保障費用の増大を少しでも緩和するために、介護サービスへの成果報酬の導入を検討している。この詳細は機会があればお知らせするが、あらゆる手段を通じて、介護の予防、要介護度の低下・リハビリなど対策を講じることが求められ始めている。つまり、これまでは、ADL(日常生活動作)や要介護度等は、加齢とともに概ね重症化していくものと考えられ、制度もビジネスもそのように組み立てられていたが、その前提が変わろうとしている。
  • 被介護者向けの商品・サービスが、本人のQOL向上のみならず、それによって、介護に伴う作業量が減ったり、コミュニケーションが向上したりと、介護者(従業員)の負担軽減につながる点が訴求ポイントになる。
  • 介護者を対象としたサービスでは、既存の健康サービスで十分対応が可能な領域である。しかし、既存のターゲットとは違う媒体やアプローチ方法、表現方法等を検討する必要がある。

編集人:井村 編集責任者:前場
編集協力:三菱UFJリサーチ&コンサルティング株式会社