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2015年8月18日

~労安法改正による『ストレスチェック義務化』で顕在化するか~従業員のメンタルヘルス対策需要

ブラック企業、新型うつ、社内うつ、従業員の過労やメンタルヘルス不調に関する話題は、昨今、枚挙にいとまが無い。厚生労働省によると、2014年度の精神障害の労災請求件数1,456件、支給決定件数497件、ともに過去最多となっている。こうした背景の下、国では、労働安全衛生法の一部を改正し、2015年12月以降、従業員数50人以上の企業に、「ストレスチェック」と「面接指導」の実施等を義務付けることになった。

今月は、同制度を整理するとともに、その企業や従業員への影響について検討する。

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1.「労働安全衛生法の一部を改正する法律 (「ストレスチェック義務化」等)」概要

同制度は、2014年6月25日に公布されており、既にご存知の方も多いかと思うが、改めて同制度について下記に整理する(※にて補足し、間違い易い箇所は橙字にしている)。

「労働安全衛生法の一部を改正する法律 (「ストレスチェック義務化」等)」概要

■目的:精神疾患の把握、早期発見ではなく、従業員へのストレスに対する気づきを促し、職場改善につなげる一時予防

■対象:従業員数50人以上の全ての事業場
  • ※「従業員」には、ストレスチェックの実施対象ではない、派遣労働者やアルバイト、パートタイマーも含まれる。
  • ※「事業場」とは、法人単位ではなく、下記の様な職場の単位で区切られる。
    (1)事務所(支社・支店)や工場、店舗等、場所が分かれている場合
    (2)食堂等、同じ場所にあっても、労働状態が全く異なる場合
    →従って、法人全体の従業員数50人を超える場合であっても、事業場単位でみたときに従員数が50人未満であれば、義務とはならない
  • ※従業員数50人未満の事業場は、制度の施行後、当分の間は努力義務。
    なお、従業員数50人未満の事業場が合同で、医師・保健師などによるストレスチェックを実施し、また、ストレスチェック後の医師による面接指導などを実施した場合に、事業主が費用の助成を受けることができる(「『ストレスチェック』実施促進のための助成金」)。

■施行日:2015年12月1日

■概要:ストレスチェックや面接指導の実施を義務付ける
  • ※ストレスチェックとは、事業者が労働者に対して行う、心理的な負担の程度を把握するための検査
  • ※ストレスチェックの対象者は、一般定期健康診断の対象者と同等。厚生労働省資料から抜粋すると、
    (1)期間の定めのない契約により使用される者(期間の定めのある契約により使用される者の場合は、1年以上使用されることが予定されている者及び更新により1年以上使用されている者)であって、その者の1週間の労働時間数が当該事業場において同種の業務に従事する通常の労働者の1週間の所定労働時間数の4分の3以上の者は義務の対象。
    (2)1週間の労働時間数が当該事業場において同種の業務に従事する通常の労働者の1週間の所定労働時間数の概ね2分の1以上の者についても、対象とすることが望ましいとされる。
  • ※ただし、従業員にはストレスチェックの受検(回答)義務は課せられていない
  • ※ストレスチェックの調査票は、「仕事のストレス要因」、「心身のストレス反応」及び「周囲のサポート」の3領域から構成される(「職業性ストレス簡易調査票(57項目)」が推奨されている)。
  • ※ストレチェックの結果は、一般定期健康診断と異なり、ストレスチェックの実施者(産業医等)から従業員本人に直接、通知されなければならない。また、本人の同意なく事業者に伝えてはならないこととされおり、ストレチェックの実施者や事務に従事した者に対しては守秘義務が課されている。
  • ※ストレスチェックの実施者は、医師や保健師、一定の研修を受けた看護師、精神保健福祉士
  • ※事業場が義務を遂行しなかった場合の罰則規定は無い

図表 ストレスチェックと面接指導の実施に係る流れ

ストレスチェックと面接指導の実施に係る流れ

出所)三菱UFJリサーチ&コンサルティングが厚生労働省資料等より抜粋・取りまとめ
(図表 ストレスチェックと面接指導の実施に係る流れ:厚生労働省労働基準局安全衛生部「労働安全衛生法に基づくストレスチェック制度に関する検討会報告書」2014年12月17日より抜粋)

2.~不調を認めない・申し出ない本人、手間増・コスト増を好まない組織~「ストレスチェック義務化」はどこまで機能するのか?企業や従業員への影響は?

さて、上記1に制度の概要を示したが、実際に機能するのであろうか。昨今の例として、2008年度から始まった特定健診・特定保健指導をみると、最初は様子見の企業(健保)が多く、現在でも、積極的な対策をとるところは限られ、2012年度現在の特定健診受診率は45.6%、特定保健指導実施率に至っては16.8%に留まっている(厚生労働省特定健康診査・特定保健指導の実施状況に関するデータより三菱UFJリサーチ&コンサルティング算出)。就労期間中よりもむしろ退職後に本人にとって問題となるメタボリック・シンドロームと、就労期間中に企業・本人双方にとっても課題であるメンタルヘルスとでは、企業の姿勢が違う可能性もあるが、根強く残る“横並び”意識に基づく企業行動が一夜にして変化しているとは考え難い。

同制度の実施は、結論から言うと、法人・従業員双方において、長期的には得をする可能性がある。自身でメンタルヘルス不調に早めに気づけば、より回復し易い段階で、治療を受けたり休暇を取得たりすることができる。組織が事業場のストレス状態を把握できれば、必要性に応じた解決策を講じることで、職場環境が改善される可能性もある。

昨今では、“プレゼンティーイズム(出社しているものの、疾病や症状等で業務遂行に障害が起き、労働生産性が下がっている状態)”が生産性を著しく低下させている、という指摘もある。メンタルヘルス不調も、肩こりや腰痛等と並んで、その大きな要因の1つである。組織にとっても、同チェックによって、生産性向上への糸口が見つかる可能性がある。

ただし、短期的に見ると話は別である。そもそも、本人が「自分はメンタルヘルス不調である」と申し出る可能性は低い。なぜなら、一般には、特に男性において、自身の不調を、ましてや、メンタルヘルスの不調を認めたくない人が多い、と言われる。さらには、厚生労働省では、「ストレスチェックを受けない者、事業者への結果提供に同意しない者、面接指導を申し出ない者に対する不利益取扱いや、面接指導の結果を理由とした解雇、雇止め、退職勧奨、不当な配転・職位変更等を禁止する」として、労働者に対する不利益取扱いの防止を掲げているものの、実際には、ストレスチェックの結果判定によって、就業上の措置を変えたのか、それ以外の理由によるものか判断がつき難く、結果的に配置転換や降格等が絶対に起こらないという保証はないからである。

従って、“メンタルヘルス不調者”と思われない様に、調査票を回答する際に、メンタルヘルスが良い状態の様にコントロールすることが起こりえる。また、1.で紹介した通り、従業員には受検義務は無いので、自身でグレーと思うと、忙しい等言って、チェックを受けないことさえありえる。

一方、組織においても、「新しい検査による潜在患者の発掘」 = 「短期的なコスト増、業務量アップ」と捉える場合がありえる。また、メンタルヘルス不調者が高確率で存在するとなると、外部にその情報が漏れた場合、“ブラック企業”扱いされて、企業イメージを損なうリスクもある。大半の企業にとっては、他社並みの水準は保っておきたいものの、とりたてて手厚く対策を講じるかは不明である。

以上の様な背景を考えると、メンタルヘルス不調と申し出る従業員は、意外と少ないかもしれない。

なお、チェックの実施は、基本的には、産業医が担当することとされている。しかし、どの程度の確率でメンタルヘルス不調者が出現するのか、さらには、その中で、どれだけの人数が面接指導を申し出るのか、実施前には未知数である。もしも、面接指導希望者が多数出た場合、マンパワー的に産業医だけで対応可能なのか、また、産業医の大半は内科系※であるといった専門性の問題もある。

※京都産業保健総合支援センター「現在の産業医制度に対する産業医の意識に係る調査研究」によると、産業医の「臨床医としての専門科目」は、内科系103名(70%)、精神科医2名(1.4%)となっている。また、「日常の産業医業務の中で負担や不安に感じる業務」として、最も多い回答はメンタルケア44%、次いで過重労働対策32%、復職支援18%[疾病作業者への指導の12%を含めると過重労働対策に匹敵]、作業環境に関わる内容[リスクアセスメント16%、作業環境改善12%、作業改善12%]、特殊健診14%となっている。一方、一般健診、事後措置、健康増進などは5%未満に留まる。

3.今度こそ、個人向け、法人(従業員)向け『メンタルヘルス対策市場』は盛り上がるか?

このように、労安法改正によるストレスチェック義務化によって、企業における従業員のメンタルヘルス対策への意識が、否応にも高まることになる。EAP(従業員支援プログラム)等に限らず、健康ビジネスのプレイヤーあるいは、参入予定企業におかれては、これを商機として捉えて頂きたい。

「新ビジネスの種」でも様々な健康ビジネスについて何度か紹介しているが、メンタルヘルス対策としても、運動系、呼吸系、匂い系、環境系など多角的なアプローチが考えられる。

次月では引き続き、同制度によるメンタルヘルス向上ビジネス需要の高まりについて検討する。

編集人:井村 編集責任者:武坂
編集協力:三菱UFJリサーチ&コンサルティング株式会社