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2020年12月15日

第4回  なぜ歴史ある大企業は破壊的イノベーションに自ら道を譲ってしまうのか? (その1)

しゅんぺいた博士の破壊的イノベーター育成講座

前回の連載で私達は、既存大企業の足をすくい、破滅に追い込んだのは破壊的イノベーションであること、中小・ベンチャー企業がビジネスモデルを考える際には、破壊的な型になるようにすべきことを学びました。

既存大企業が破壊されるメカニズム

それではなぜ、既存大企業は、持続的イノベーションの競争ではほとんど常に勝利を収めるのに、破壊的イノベーションにはうまく対抗できず、「破壊」されてしまう(これを「イノベーターのジレンマ」と呼びます)のでしょうか?

それには、2つの原因があります。
一つは、企業が価値を提供するメカニズム、すなわち、人材や資金のようなインプットを価値の向上というアウトプットに変換する「プロセス(仕事のやり方)」や企業が行動の優先順位を決める「価値基準」は、経営者が意図的にマネージしない限り変わらないため、そのままでは既存顧客や株主の満足度を最大化するようなプロジェクトは通すものの、既存顧客にオモチャ呼ばわりされ、期待される利益率も低いような破壊的なビジネスモデルは却下するように出来ていることです。

この、既存企業が「市場の上(利益率が高い方向)には上がれる(持続的イノベーションは出来る)が、市場の下(利益率が低い方向)には降りられない(破壊的イノベーションは起こせない)」ことを、企業は「非対称的モチベーションを持つ」と言います。この「非対称的モチベーション」こそが、「イノベーターのジレンマ」を引き起こす原因の一つなのです。

顧客が便益を感じる性能には「上限」がある

イノベーションのジレンマが起きるもう一つの原因は、ある性能評価軸における顧客の要求水準には上限があり、顧客はそれ以上の性能には価値を感じないという事実です。そのことをご理解いただくため、これから皆さんをクリステンセン教授のバーチャル講義にご招待しましょう。

クリステンセン教授の講義では、まず、横軸に時間を、縦軸に既存製品の主要顧客が重視する性能をとります。そして次に、既存製品の主要顧客が利用可能な性能の「点線」を引くのです。私は、この何の変哲もない点線、すなわち「技術の需要曲線」こそが、クリステンセン教授の理論を理解する上で最も重要な構成要素だと思っています。

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この点線の意味するところを理解していただくために、私はよく、教室で以下のような質問をします。

「皆さんは、今持っている車がそろそろ古くなったので、新しい車を買うことになったと思ってください。候補となった車は以下の二台です。
・自動車Aは、最高時速が200キロで、価格は200万円です。
・自動車Bは、最高時速が400キロで、価格は400万円です。
あなたは自動車Aと自動車B、どちらの車を選びますか?」

さて、読者の皆さんは、どちらを選ばれるでしょうか?
受講者によって多少の違いはあるものの、大半の方は「性能が低い」最高時速200キロで価格が200万円の自動車Aを選びます。
私も、もし次に自動車を買うとしたら、最高時速が200キロで200万円の自動車Aを選ぶでしょう。

それではもし、私が最高時速400キロの自動車Bを購入し、その最高性能を出したらどうなるでしょう? 
運動神経が鈍い私の場合、十分間も経たないうちに運転を誤り、道路から飛び出してあの世行きでしょう。実際、最高時速が400キロを超えるブガッティ・ヴェイロンが、最高速度のギネス記録を叩き出した時のドライバーは、元F1ドライバーだったそうです。

それに、日本の高速道路のカーブの設計速度は時速140キロ以下なので、そんなところを時速400キロで走ったりすれば、ドライバーの腕やマシンの性能がいかに良くても、遠心力が、タイヤが道路をグリップする力を上回って、車はカーブを曲がりきれずに道路の外に飛び出してしまうでしょう。物理法則には何人たりとも逆らえないのです。

もし運良く、しばらくの間時速400キロで気持ちよく走り続けることができたとしても、次に待っているのは前後から迫り来る赤い回転灯とサイレンの音でしょう。制限速度を300キロ以上もオーバーして捕まれば、免許取り消しや罰金で済めばいい方で、下手をすれば交通刑務所入り、新聞には「暴走教授捕まる」の見出しが躍り、職すら失いかねません。

つまり、多くの場合、顧客が利用可能な性能(技術的ニーズ)には、生理的・物理的・制度的などさまざまな理由から上限があり、その上限は時間が経っても変化しないか、上昇するとしてもゆっくりとしか上昇しないのです。

そして、提供されている製品を、ある側面で計った性能が「顧客が利用可能な性能」を上回った場合、顧客はもうそれ以上の性能向上に、価値の向上を感じなくなり、他の評価軸(何人乗れるか、燃費はどうか、デザインはどうかなど)で製品の優劣を判断するようになるのです。

エンジニアの多くが信じている「高性能=高付加価値」という等式がずっと成立するなら、最高時速200キロの車よりも「性能が高い」最高時速400キロの車を選ぶ人の方が多いはずですが、現実には世の中のほとんどの人が「性能の低い」車を選び、「高性能=高付加価値」という等式はある段階から成立しなくなるのです。

クリステンセン教授の講義では、顧客が利用可能な性能を示す点線を描いた後、その矢印の右に「く」の字を逆さまにしたような曲線を描きます。この曲線は、本来であれば、右に出っ張っているのではなく、3次元的に画面の手前に向かって出っ張っており、その中央の赤い点線の部分が一番出っ張っていて、その部分の需要が一番多く、それよりも性能が上がるほど(あるいは下がるほど)需要が少なくなっていくことを示しています。テレビでも自動車でも、より高性能なモデルほど売れる数量が少なくなっていくことで、このことが理解できます。

いかがでしたでしょうか?
次回は「なぜ歴史ある大企業は破壊的イノベーションに自ら道を譲ってしまうのか? (その2)」について学びます。お楽しみに!

さらに勉強を深めたい方には、拙著『日本のイノベーションのジレンマ第2版 破壊的イノベーターになるための7つのステップ』が2020年8月25日に発売されましたので、お近くの書店等で手に取ってみてください。

玉田 俊平太 氏

<プロフィール>
玉田 俊平太 氏

関西学院大学 経営戦略研究科 研究科長・教授  博士(学術)(東京大学)

東京大学卒業後、通商産業省(現:経済産業省)入省、ハーバード大学大学院修士課程にてマイケル・ポーター教授のゼミに所属、競争力と戦略との関係について研究するとともに、クレイトン・クリステンセン教授から破壊的イノベーションのマネジメントについて指導を受ける。

筑波大学専任講師、経済産業研究所フェローを経て現職。その間、東京大学先端科学技術研究センター客員研究員、東京大学先端経済工学研究センター客員研究員、文部科学省科学技術政策研究所客員研究官を兼ねる。平成23年度TEPIA知的財産学術奨励賞「TEPIA会長大賞」受賞。

著書に『日本のイノベーションのジレンマ 破壊的イノベーターになるための7つのステップ』(翔泳社、2015年)、監修書に『破壊的イノベーション』(中央経済社、2013年)、監訳に『イノベーションのジレンマ』(翔泳社、2000年)等がある。